内視鏡検査や歯科治療を受ける際、喉に器具が触れると強い吐き気を感じて検査が進められなくなってしまう方がいらっしゃいます。これは嘔吐反射と呼ばれる身体の防御反応で、誰にでも備わっている自然な機能です。ただ、この反応が過敏になると、必要な検査や治療を受けることが難しくなってしまいます。
嘔吐反射は、口や喉の奥に異物が触れたときに生じる生理的な反応です。食べ物以外のものが気道に入り込むのを防ぐため、私たちの身体に元々備わっている大切な防御システムといえます。通常であれば咽頭部に何かが触れたときに反応しますが、敏感な方の場合は舌の付け根あたりに軽く触れただけでも強い吐き気が起こることがあります。
この反応の強さには大きな個人差があります。全く気にならない方もいれば、歯磨きの際に歯ブラシを奥に入れるだけで吐き気を催してしまう方もいらっしゃいます。精神的な緊張や不安が加わると反応はさらに強まる傾向があり、過去に辛い経験をされた方ほど次回以降の処置に対して身構えてしまい、余計に敏感になるという悪循環に陥りやすくなります。

嘔吐反射は、口腔や咽頭に分布する感覚神経が刺激されることで始まります。軟口蓋、舌根部、咽頭後壁といった部位には触覚を感知する神経が集中しており、これらに器具や指が触れると、その刺激が脳幹にある嘔吐中枢へと伝えられます。
嘔吐中枢が刺激を受け取ると、横隔膜や腹部の筋肉が収縮し、喉頭が閉じるといった一連の反射運動が自動的に引き起こされます。これは意識でコントロールすることが非常に困難な不随意的な反応であり、「我慢しなければ」と思っても身体が勝手に反応してしまうのはこのためです。
興味深いことに、実際の物理的刺激だけでなく、視覚や聴覚からの情報も嘔吐反射に影響を与えます。検査室の独特な雰囲気や器具の音を聞いただけで吐き気を感じたり、白衣を見ただけで緊張が高まったりする方がいるのは、過去の記憶や心理的な要因が関係しているからです。このように身体的な刺激と心理的な要素が複雑に絡み合って、反射の強さが決まります。
嘔吐反射が強いと、本来受けるべき医療処置を避けてしまいがちになります。胃カメラ検査を何度も延期してしまったり、歯科治療を途中で断念してしまったりすることで、病気の早期発見が遅れたり、口腔内の状態が悪化したりする恐れがあります。
特に消化器系の検査では、内視鏡を使った観察が重要な診断手段となります。しかし嘔吐反射のために検査を受けられないと、胃がんや食道がんといった重大な疾患の発見が遅れてしまう可能性があります。また、歯科領域では型取りや喉に近い部分の治療が困難になり、必要な処置を完了できないまま症状が進行してしまうケースも見られます。

さらに、検査や治療を受けられないことへの不安や罪悪感が、精神的な負担となることもあります。「どうして自分だけできないのだろう」という思いを抱え込んでしまい、医療機関への受診自体を避けるようになる方もいらっしゃいます。
嘔吐反射を和らげるには、まず心身の緊張をほぐすことが重要です。深くゆっくりとした呼吸を意識することで、自律神経のバランスが整い、反射が起こりにくくなります。鼻から息を吸い込み、口からゆっくりと吐き出す腹式呼吸を繰り返すと、気持ちも落ち着いてきます。
検査や治療の前に、どのような手順で進めるのか詳しく説明を受けることも効果的です。何をされるか分からない不安が軽減されると、身体の緊張も和らぎやすくなります。また、処置中に辛くなったら合図を送れることを事前に確認しておくと、安心感が生まれます。
鼻呼吸を維持することも大切なポイントです。口呼吸になると喉の粘膜が敏感になりやすいため、できる限り鼻で呼吸を続けるよう意識してみてください。また、舌を下の歯の裏側に押し付けるようにすると、舌根部への刺激が減って反射が起こりにくくなることがあります。
歯科治療や検査の際に「えづいてしまう」「喉が刺激に敏感で不安」という方へ。当院では、嘔吐反射の強い患者様にも安心して通院いただけるよう、さまざまな工夫と配慮を行っています。

初診ではいきなり治療をせず、不安や過去の経験をじっくり伺う時間を設けています。
どの場面で反射が起きやすいかを共有いただくことで、一人ひとりに合わせた対応が可能になります。
治療中に不安を感じたら、手を挙げていただければいつでも中断できます。
「自分でコントロールできる」という安心感が、反射の軽減にもつながります。
麻酔は極細の針を使用し、麻酔液を体温に近づけて注入することで違和感を軽減。
治療中の不快感を最小限に抑えることで、反射の誘発を防ぎます。
診察室の照明を調整したりなどの環境調整を行います。
ご希望に応じて、深呼吸や筋弛緩法などの簡単なリラクゼーション技法もご案内しています。
点滴で鎮静薬を投与し、ウトウトとした状態で治療を受けられる方法です。
意識は保たれたまま、不安や恐怖が大幅に軽減され、処置中の記憶もほとんど残りません。
呼吸や循環は自然に保たれ、身体への負担が少ないのも特徴です。
「嘔吐反射が心配で歯科に行けない」そんな方こそ、安心して通える環境づくりを大切にしています。 あなたに合った方法を、一緒に考えていきましょう。